本日、営業よりアップします。
先祖代々同じ土地に住み続ける人がいる一方で、何らかの理由で故郷を離れることになる人もいます。理由はさまざまで、希望を胸に新天地を探す人もいれば、「石を持て追わるるがごとく」故郷を離れる人もいます。移り住んだ先が「終の住処」となることも多かったでしょう。
私の母方のおじのひとりはもともと東京に住んでいましたが、出張でたまたま訪れた九州の土地柄に惚れ込み、定年退職後は宮崎県に移住しました。
妻の友人のひとりは、子どもふたりの自立を待って埼玉から長野に移り住む計画だといいます。
このように老後を見据えて「終の住処」を模索する人は少なくありません。自分の意思で住みたい場所に移住できることじたいが「自由」と「豊かさ」の証です。
「終の住処」ということばは、最近は、自宅で死ぬか、老人ホームやサ高住で死ぬか、という形で語られることが多いですが、元々は、生涯を終えるまで住む家や土地のことを指していたはずです。山里に四畳半ほどの庵(いおり)を結びそこを終の住処とした鴨長明の時代に(鎌倉時代)老人ホームで死ぬという選択肢はなかったわけですから。
私にもどこかに「終の住処」をさがしたいという欲望があります。
ところで秋田の親戚より新鮮な山菜が送られてきました。
↓こごみ
↓たらのめ
そして
↓こしあぶら
すべて天ぷらにしていただきました。
こしあぶらを食べたのははじめてでしたが、おいしくてびっくりしました。「山菜の女王」と呼ばれているそうです。
こんな見事な山菜が「裏の山で採れ」る秋田県、これはもう、終の住処」候補のひとつにエントリー確定です。